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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.93 生産性アップとコストダウン デジタルツインが実現するスマートファクトリー「テクノフェア2024」その2

写真)現実空間(左)の溶接ラインが仮想空間(右)が同期しているデジタルツインのデモンストレーション

写真)現実空間(左)の溶接ラインが仮想空間(右)が同期しているデジタルツインのデモンストレーション

まとめ
  • デジタルツインで現実空間を仮想空間に再現。工場の設計や運営を効率化。
  • 経済性・環境性を追求した蒸気レス高効率空調機は、今後いろいろな業種の塗装ブースやクリーン環境室などに応用できる。
  • 社会インフラの老朽化が問題となる中、環境にやさしくコスト削減が可能な、レーザービームで錆や塗膜を除去する技術も紹介された。

前回に続き、電力会社と関連協力企業や研究機関、大学などによる研究成果を公開する「テクノフェア2024」(主催:中部電力株式会社技術開発本部)について紹介する。

デジタルによるものづくり共創プラットフォーム

製造業や建設業、電気事業などさまざまな業種の経営課題解決のため、デジタルトランスフォメーション(DX)の活用推進が求められている。こうした社会課題の解決のために、現実空間と仮想空間が交錯する「デジタルツイン」技術を活用したプラットフォームの構築が期待されている。

デジタルツインとは、センサーなどから取得したデータをもとに、建物や道路などのインフラ、経済活動、人の流れなどさまざまな現実空間の要素を、仮想空間上に「双子」のように再現する技術のこと。

製造業においてデジタルツインは、製品の設計から製造、運用までデジタル空間上でシミュレーションや分析をおこなうことで、より高品質で革新的な製品を効率的に開発することを可能にする。

プラットフォーム内のデータベースにはさまざまなデータが集約されており、ユーザーの生産性向上、省エネ、脱炭素といった課題を分析・抽出する。さらに、3Dシミュレーションなどのデジタル技術を用いて検証をおこない、データの最適化や標準化により多くのユーザーが活用することで、将来的に国内のプラットフォーム化を目指すという。

図)ものづくり共創プラットフォーム構想
図)ものづくり共創プラットフォーム構想

出典)中部電力株式会社

実際に現場でデモンストレーションを見学した。左のモニターに離れた場所の工場の溶接ラインが、右に、仮想空間の3Dシミュレーションが映っていた。3Dシミュレーションの映像は完全に現実のラインと同期しており、かつ360°、つまりラインを上下だけでなく、あらゆる角度から見ることができるのだ。

もう少し詳しく説明しよう。

デジタルによるものづくり共創プラットフォームにより、現在3つのサービスに取り組んでいる。

1つ目は、「生産ラインの3Dシミュレーション」だ。それにより、課題の抽出と設備導入の事前検証などを仮想空間でおこなうことができる。

具体的には、離れた場所にいても複数の設計者が、VR(Virtual Reality:仮想現実)を使うことによって、仮想工場を同時に見ることができ、直感的に設計を進めることができる。また、工場内の設備のレイアウトや人の動きをシミュレーションすることで、より効率的な作業環境をつくることができる。つまり、工場を建てる前に問題点を洗い出すことができるため、設計変更によるコストや時間の無駄を削減できるわけだ。

2つ目は、「設計のフロントローディング」だ。製品の設計の早い段階から、さまざまなシミュレーションや分析をおこない、問題点を事前に洗い出して解決していくことを指す。これにより設計の精度が上がり、開発期間の短縮、コスト削減、高品質な製品の開発が可能になる。

3つ目は「サプライチェーン構築シミュレーション」だ。製品をつくる上で欠かせない、サプライチェーン、すなわち部品の調達から完成品の出荷までの流れを事前にシミュレーションできるので、なにかトラブルが起きてもスムーズで効率的な部品の調達体制を築くことができる。

興味深いのは、このプラットフォームを構築しているのが電力会社だということ。DXだけでなく、GXの視点から工場の設計ができるのが強みだ。すなわち、CO₂排出量や電力消費量の削減など、カーボンニュートラル実現のための要素をシミュレーションの中に加えることができるのだ。実際、ユーザーからはそうした要求が多いという。そうして設計されたグリーンな工場は、金融機関からSDGs融資を受けやすくなるというメリットも期待できる。

将来は、プラットフォーム事業により蓄積されたデータを活用して、製造業、建設業、スマートシティ、医療、商業施設など、社会全体の新しい価値創造へとつなげていく予定だという。その可能性は無限大だと思った。

動画)デジタルによるものづくり共創プラットフォーム 技術解説動画

提供)中部電力株式会社

蒸気レス高効率空調機

塗装工場では、塗料の乾燥や作業者の健康維持のために、厳密な温度・湿度管理が求められる。そのため、外気を取り込んで温度や湿度を調整し空気を清浄化する「外気調和機」という装置が必要だ。

ただ外気調和機は、エネルギーを多く消費する傾向にあるため、カーボンニュートラルの実現に向けて省エネ化の要望が強かった。

これまでも、高効率機器の導入や運転時間の最適化など、さまざまな省エネ対策が取られてきた。中には、電気エネルギーを直接熱に変換する方式に比べて、少ないエネルギーで大きな効果を得られるヒートポンプを採用している機種もあった。

こうしたなか、中部電力ミライズ株式会社と塗装関連機器メーカーであるアンデックス株式会社は、蒸気・ガスレスはもとより、他のヒートポンプシステムより経済性・環境性を追求した調温・調湿空調機を開発した。

写真)蒸気レス高効率空調機「WETCOM Ⅱ」
写真)蒸気レス高効率空調機「WETCOM Ⅱ」

「WETCOM Ⅱ」という新開発の機器は、充填材の部分で大量の水と空気を直接接触させることで、蒸気を用いなくても高い湿度をつくることができるほか、安定した温湿度が供給できるのが特徴だ。

この空調機は、塗装ブースだけではなく、高い温湿度制御が要求されるクリーン環境室や、シール乾燥用高温高湿ブースなどにも適用できる。すでに問い合わせがかなりあるとのことで、今後さまざまな業種での活用が期待できそうだ。

動画)蒸気レス高効率空調機「WETCOMII」の開発 技術解説動画

提供)中部電力株式会社

社会インフラの老朽化対策 レーザービームで錆や塗膜を除去

社会インフラの老朽化、なかでも錆や塗膜の劣化は、インフラの機能低下や安全性の低下を招くため、定期的な点検や塗装の塗り替えなどの予防保全をおこなうことが重要だ。

構築物の錆や塗膜を除去するためには、高圧で研磨剤を吹き付けるサンド・ブラスト工法を用いている。しかし、研磨剤が粉塵として飛散したり、研磨材が産業廃棄物となったりすることなどが課題となっている。

こうしたなか、中部電力のグループ会社である株式会社シーテックは、レーザービームで錆や塗膜を除去する技術を導入した。まずは、動画を見ていただきたい。

レーザービームが照射された部分の錆が瞬時にそぎ落とされているのがわかる。レーザーの強力な光と熱が、錆や塩分、塗膜などを瞬間的に溶融、蒸発、熱破砕させて除去しているのだ。

レーザークリーニングと呼ばれるこの工法は、サンド・ブラスト工法で発生していた粉塵がほとんど発生しないため、環境や人体にやさしく、かつ、研磨材(ブラスト材)による大量の産業廃棄物が発生しない。粉塵の拡散を防ぐための大がかりな囲いも必要なく、作業時間とコストも削減できる。さらに、従来のサンド・ブラスト工法では難しかった塩分の除去も可能だ。レーザービームが錆や塗膜とともに、塩分も蒸発させるからだ。

図)レーザークリーニング工法のシステム図
図)レーザークリーニング工法のシステム図

出典)株式会社シーテック

写真)レーザークリーニングシステムを搭載したトラック(現場から100m以内にシステム車を停車するスペースがあれば施工可能)
写真)レーザークリーニングシステムを搭載したトラック(現場から100m以内にシステム車を停車するスペースがあれば施工可能)
写真)保護具類を身につけレーザーヘッドを手に持つレーザー照射処理施工士のマネキン
写真)保護具類を身につけレーザーヘッドを手に持つレーザー照射処理施工士のマネキン

課題としては、初期投資が高いことが挙げられる。また、レーザーの照射範囲が限られているため、広範囲な処理には時間がかかるという問題もある。新しい技術であり、まだ施工実績は少ないが、今後、橋梁、トンネル、産業設備などのメンテナンスや、建造物の外壁清掃など、さまざまなインフラの老朽化対策として活用される可能性が高い。

今年のテクノフェアは、去年までの技術がさらにグレードアップしている印象だった。さまざまなテクノロジーが社会の課題の解決に貢献していくプロセスを今後も見守りたい。

(写真はすべて©エネフロ編集部)

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。