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エネルギーと環境

Vol.40 クリーン水素の基準をEUが強化 試される日本の水素戦略

写真)豪州褐炭由来液化水素を積載した世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」が神戸に帰港 2022年2月25日

写真)豪州褐炭由来液化水素を積載した世界初の液化水素運搬船
「すいそ ふろんてぃあ」が神戸に帰港 2022年2月25日
出典)© HySTRA. All Rights Reserved.注1

まとめ
  • 日本は2050年カーボンニュートラルを目指し、水素社会構築を進めている。
  • EUなどが環境にやさしい水素の基準を強化し始めている。
  • こうした動きに後れを取ることなく、戦略的に水素戦略を進めていくことが重要。

2020年10月26日、第203回臨時国会の所信表明演説において菅義偉前内閣総理大臣は「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。

しかし現在の日本は、海外から輸入する石炭や石油、LNG(液化天然ガス)などの化石燃料に大きく依存している。その依存度は実に84.8%(2019年時)に上っている。

図)日本の一次エネルギー国内供給構成の推移
図)日本の一次エネルギー国内供給構成の推移

出典)経済産業省資源エネルギー庁

東日本大震災以降、日本は固定買取価格制度の下、再生可能エネルギーの導入量を増やしてきた。その主役は、太陽光発電だった。

図)再エネの設備容量の推移(大規模水力は除く)
図)再エネの設備容量の推移(大規模水力は除く)

出典)経済産業省資源エネルギー庁

こうした中、今後の再生可能エネルギー市場では、風力発電が伸びてくる見込みだ。株式会社富士経済の再生可能エネルギー発電システム市場に関する調査によると、太陽光発電システムは、導入コストの下落により、2035年度には2020年度見込比6割弱まで市場規模が縮小する。一方、風力発電システムは洋上風力発電システムの導入が2030年度以降に本格化することで急拡大すると予測している。

「水素社会」が本格化

このように太陽光発電、風力発電の導入が進む中、次世代エネルギーとして「水素」にも期待が高まっている。我が国が「水素社会」の実現に本気で取り組んでいることを知らない人も多いのではないだろうか。実は世界に先駆けて今から5年前、2017年には国家戦略として「水素基本戦略」が打ち出されている。しかし、欧米各国の動きも加速してきた。日本は、第6次エネルギー基本計画の閣議決定を踏まえ、見直しを見据えた検討に取り組んでいる。

図)水素分野を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について
図)水素分野を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について

出典)経済産業省資源エネルギー庁

「水素」が新たなエネルギーとして脚光を浴びている理由は2つ。1つは、水素が水から電気分解で取り出すことができるだけでなく、石油や天然ガスなどの化石燃料、またメタノールやエタノール、下水汚泥、廃プラスチックなどさまざまな資源からつくることができることだ。2つ目は、水素が酸素と結びつくことで発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用できることがあげられる。しかも、その際CO₂を排出しない。

再生可能エネルギーを使って水素を作れば、製造から使用までトータルでCO₂を排出しない、真の「カーボンフリー」なエネルギーを手にすることも夢ではないわけだ。

「水素」にも種類がある

さてその水素だが、その製造方法により、3つに区分されている。

化石燃料から獲得した「グレー水素」と「ブルー水素」、それに再生可能エネルギーから得た「グリーン水素」だ。

写真)水素の分類
写真)水素の分類

出典)経済産業省資源エネルギー庁

グレー水素」は主に化石燃料由来の副生成品として得られるもので、製造過程でCO₂が出る。

ブルー水素」は「グレー水素」の製造過程で出るCO₂を回収・利用・貯留する技術(CCUS:Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)と組み合わせることで、水素の製造過程全体でほぼ「CO₂ゼロ」にできる。「貯留」は地中に埋めること、「利用」はガス田や油田に圧入して産出量を増やす技術「原油増進回収法(EOR:Enhanced Oil Recovery)」を指す。しかし、「ブルー水素」を製造するには、コストがかかる設備投資と高度な技術が必要となる。

さらに、水を再生可能エネルギーで電気分解し、製造過程でまったくCO₂を発生させないものが「グリーン水素」だ。最も環境に優しい水素だといえる。しかし、電気分解のコストがまだ高いため、「ブルー水素」よりさらに商用化のハードルは高い。

水素社会を目指す日本は豪州で生産した水素を日本に運ぶ実証実験を実施中だ。「ブルー水素」や「グリーン水素」の方がよりクリーンなことは明らかだが、残念ながら日本が今回輸入したのは「グレー水素」だ。豪州で低品位な褐炭から製造した水素を液化水素運搬船で運ぶもので、今年2月に第1号が日本に到着した。「技術研究組合CO₂フリー水素サプライチェーン推進機構(以下、HySTRA)」(注1)が、豪州と日本におけるパイロット水素サプライチェーン実証事業としておこなった。豪州ラトロブバレーでの褐炭ガス化・水素精製、ヘイスティングス港での水素液化・液化水素貯蔵、豪州から日本への液化水素海上輸送、日本での液化水素荷役を実証した。

また6月23日、HySTRAと川崎重工、大林組、関西電力、神戸市の5者は、基地からこの水素をタンク車で運び出し、燃料タンクに充填し、水素発電実証施設「水素 CGS実証プラント」で発電を試した。HySTRAは、水素の製造や輸送、貯蔵、利用などによるサプライチェーンを構築し、2030年頃に商用化することを目指して、技術開発と実証に取り組んでいる。将来的には、豪州連邦政府とビクトリア州政府が進めているCO₂回収・貯留(CCS)プロジェクトと連携し、「ブルー水素」を製造できるよう協調していくとしている。

このように、日本は水素サプライチェーンの構築に向け第一歩を踏み出したとはいうもの、まだ実証実験の段階だ。「ブルー水素」やその先の「グリーン水素」への道のりは長い。

「水素」を巡る国際的綱引き

そうした中、欧米諸国が水素開発を加速させている。特にEU(欧州連合)の動きに注目したい。

2020年7月にEUは、「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を発表し、グリーン水素の推進を打ち出した。同戦略では、水素の電解槽の設置規模とグリーン水素の生産量を、2024年までにそれぞれ6ギガワット(GW)と100万トン、2030年までに40GWと1,000万トンに引き上げるという野心的な目標を立てている。ロシアによるウクライナ侵攻がこうした動きに拍車をかけている。

EUの政策執行機関である欧州委員会(EC:European Commission)は、水素生成の定義を厳格化し始めた。まずは、2021年12月に発表された「水素および脱炭素市場に関する立法パッケージ」で、2030年までブルー水素の使用を促進することを目標に掲げ、ブルー水素を、その生成のプロセスにおいてグレー水素よりCO₂を70%削減したものと規定した。

EUにおいてブルー水素のハードルが一気に上がり、今後この基準に満たない水素はクリーンと認められないことになる。また、基準に満たない水素製造計画には資金が集まらない可能性も出てきた。

実はEUのこうした動きは、自動車産業でも見られる。

LCA(Life Cycle Assement:ライフサイクルアセスメント)規制」と呼ばれるものがそれだ。製品の環境負荷を、資源から製造、メンテナンス、リサイクル、廃棄までを含めたライフサイクル全体を通じて評価する。火力発電比率が75%超の日本はEUと比べて、素材や部品、完成品の製造など、各段階でCO₂排出量が多い。日本の自動車産業はこれまで優れた燃費で世界市場を席巻してきたが、この規制が適用されると急拡大しているEV(電気自動車)市場で不利になる。

水素市場でも同じような事が起きる可能性が高い。

日本の対応

このような海外の動きをみると、日本はコストが安いからといっていつまでもグレー水素に頼っているわけにはいかない。ブルー水素やグリーン水素の製造を加速させる必要が出てきた。

そうした中、日本の商社の動きが活発化してきた。

三井物産株式会社は2021年10月に独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構:JOGMEC)と西豪州においてクリーン燃料であるアンモニア生産の事業化を見据えて、CO₂の回収・貯留(Carbon Capture and Storage:CCS)に関する共同調査の実施で合意した。天然ガスを改質して得られる水素をもとにアンモニアを合成し、その過程で排出されるCO₂を廃ガス田に貯留することにより、クリーン燃料であるアンモニアを製造・輸出することを検討する。

アンモニアは燃焼時にCO₂を排出しないので、火力発電のクリーンな燃料として活用できるだけではなく、水素を効率よく運搬する物質、いわゆる「水素キャリア」としても注目されている。(参考記事: 脱炭素のカギ握る「アンモニア」製造に大革命

また、伊藤忠商事株式会社は2021年2月に、工業用ガス世界最大手のエア・リキード社の日本法人である日本エア・リキード合同会社、および伊藤忠エネクス株式会社と、低炭素水素の製造から活用まで上流から下流を網羅する水素バリューチェーン構築に関する戦略的な協業に合意したと発表した。世界最大級の液化水素製造プラントを建設する。LNGから製造した水素は燃料電池車(FCV)に供給し、製造段階で発生するCO₂は回収し、飲料品向けの発泡剤やドライアイスなど工業用途として販売する計画だ。

これらの取り組みは、CO₂を回収するプロセスが入る、ブルー水素製造を目的としたものだが、さらにその先のグリーン水素製造への取り組みも始まっている。

2021年9月、岩谷産業株式会社や川崎重工業株式会社、関西電力株式会社、丸紅株式会社ら4社は、豪州を拠点としたエネルギー・インフラ企業である Stanwell Corporation Limited、APT Management Services Pty Ltd.の 2 社とともに、豪州においてグリーン水素を大規模に製造・液化して日本へ輸出するプロジェクトについて、事業化調査を共同で実施すると発表した。製造したグリーン水素は、日本へ輸出するだけではなく豪州国内の需要先にも供給する予定だという。

写真)水素製造拠点 アルドガ地区の土地イメージ
写真)水素製造拠点 アルドガ地区の土地イメージ

出典)岩谷産業株式会社プレスリリース

また今年4月、三菱商事株式会社中部電力株式会社が出資するオランダの再生可能エネルギー大手Eneco:エネコは、大規模洋上風力発電所でCO₂を出さずにつくる「グリーン水素」の供給に乗り出す報じられた。英シェルなどが開発中の欧州最大級の水素事業「NortH2(ノースH2)」に加わるという。

このように日本企業は、よりクリーンな水素の製造に向け、着々と動いてはいるが、国を挙げて推進しようとしている「水素社会」の実現にはまだ時間がかかりそうだ。

経済産業省が作成した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を見てみても、モビリティ分野でFCV(燃料電池車)の普及の遅れが目立つ。また、供給面では国際水素サプライチェーンの構築は始まったばかりであり、水素コストの低減も道半ばだ。アメリカは2021年6月、グリーン水素の製造コストを今後10年間で80%削減する、「Hydrogen Energy Earthshots」イニシアティブを立ち上げている。

そして本稿で指摘したように、水素戦略で先行していたはずの日本が水素の基準で欧米に後れを取るようだと、ロードマップ自体、変更を余儀なくされてしまう。日本が水素社会を実現するためには、海外の動きを注視しつつ、必要とあれば戦略を機動的に立て直すことが重要だろう。

図)水素・燃料電池戦略ロードマップの進捗状況
図)水素・燃料電池戦略ロードマップの進捗状況

出典)経済産業省

  1. HySTRA:技術研究組合 CO₂フリー水素サプライチェーン推進機構
    褐炭を有効利用した水素製造、輸送・貯蔵、利用からなるCO₂フリー水素サプライチェーンの構築をおこない、2030年頃の商用化を目指した、技術確立と実証に取り組む企業団体。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業[2015年度~2022年度]の実施主体。組合員は岩谷産業株式会社、川崎重工業株式会社、シェルジャパン株式会社、電源開発株式会社、丸紅株式会社、ENEOS株式会社、川崎汽船株式会社
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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