© エネフロ編集部
- まとめ
-
- 中部電力グループはDX人財の育成を進め、DX推進人財・DXキーパーソン人財を2020年代後半までに600人超に増やすと発表。
- 中部電力グループにおけるDXのポイントは「お客さまサービスの変革」と「業務の変革」の2つ。まずはプラットフォームを作り、事業領域を拡大していく。
- DX推進人財・DXキーパーソンを確保することとともに、全ての従業員がITリテラシーを身に付け、日常業務にDXを落とし込むことが必要だ。
最近よく聞くDX。「デジタルトランスフォーメーション」をこう略している。
では、DXとはどのような概念か。
広義では、「IT技術を活用して人々の生活をよりよいものにしていくこと」と理解されているが、ビジネスの世界では、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されている。(出典:経済産業省:DX推進ガイドライン平成30年12月)
そうした中、去年12月、中部電力グループは2020年代後半までにDX人財を600人超に増やすと発表した。現在の人数を倍増させるという。その意図を中部電力経営戦略本部長、CIOの伊藤久德専務執行役員に話を聞いた。
まず、DXへの中部電力グループの取り組みについて聞いた。
DX2つの問題認識
伊藤氏はまず、DXに関して持っている2つの問題認識を挙げた。
1つは、具体的にどうDXを進めるのか明らかでないこと。もう1つは、人によってDXのイメージが違うということだ。したがって、経営戦略上、DXをきちんと定義する必要があったと言う。また、それらに加え、従業員の視点からの問題もあると伊藤氏は言う。
「我々がいくらDXが必要だと言ってもそれをきっちりと従業員に伝えなければいけないわけです。従業員が仕事のやり方を変えて初めてDXは成立するのですが、そのためにはメッセージを伝えなければいけない。今までそういった類のメッセージはなかったのです」
また、外に対しての説明責任もあるという。投資家やサプライヤーなどのステークホルダーに中部電力グループのDXとはこういうものだとはっきりさせる必要があったわけだ。
「DXというのは単独で語るのではなく、経営ビジョンの一つとして語らねばなりません。ちょうどその経営ビジョンを昨年の11月末に公表しました。そのすぐ翌週にDXの取り組みを発表し、経営ビジョンとのつながりが内外に良く分かるようにしたのです」
© エネフロ編集部
DXのポイント
伊藤氏は「DXは所詮手段」だという。ではその手段を活用することによってどのような成果が期待できるのか。
伊藤氏が上げたポイントは「お客さまサービスの変革」と「業務の変革」の2つ。
「これを攻めのDXと守りのDXと呼ぶ会社もあるのですが、我々は、もう少しわかりやすい形にカテゴリーを分けています」
「お客さまサービスの変革」とは、DXを通してお客さまに対する「サービスの価値を向上」させるとともに、「新たな価値」も提供するということ。
また、「業務の変革」とは、DXにより業務を効率化し、働き方を改善することによって、「ライフ・ワーク・バランス」を充実させることを意味する。
筆者は図の左側にある、「人財一人ひとりの成長・活躍」に注目した。
この言葉が、「お客さまサービスの変革」と「業務の変革」双方にかかっている。後に出てくるが、DXとは一部のスタッフだけが関わるものではなく、全ての従業員が総力を挙げて推進していくものでなければならない、という考えがそこに込められている。その原動力が、「一人ひとりの成長・活躍」だ。従業員が成長を感じることでさらなるDXが進み、「お客さまサービスの変革」と「業務の変革」を後押しする。そんなイメージなのだろう。
出典)中部電力「中部電力グループにおけるDXの取り組み」2021年12月6日
ビジネスモデルの変革
次に「ビジネスモデルの変革」とはどのようなものを指すのか、その具体的な中身を聞いた。
図1は、ビジネスの領域とDXの関わりを示したものだ。「基盤領域」、「プラットフォーム領域」、「アプリケーション領域」の3層構造になっている。
出典)中部電力「中部電力グループにおけるDXの取り組み」2021年12月6日
「プラットフォーム領域」は、「エネルギープラットフォーム」と「データプラットフォーム」に分かれている。それぞれどのような価値を生み出すのか。
「エネルギー事業と熱利用・電化ソリューション事業などのデータ群を取り扱うのが『エネルギープラットフォーム』です」
一方の「データプラットフォーム」はよく見ると「エネルギープラットフォーム」と重なっている。
「『データプラットフォーム』は、エネルギー以外の地域サービスや世帯向けサービス、個人向けサービスなど、1人1人の皆さまの生活に関連するデータ群を取り扱います」
「エネルギープラットフォーム」の一番の特徴は、「アグリゲート・エネルギーマネジメントシステム」だ。お客さまの電力需要や太陽光発電機の出力量をコントロールする。このシステムは第3者に悪用されると電気が消えてしまったり、太陽光発電が止まったりするので、信頼性とリアルタイム性が求められる。
太陽光発電をしている家庭を例に取るとわかりやすい。発電して余った電気をどこかに売りたい時、余った電気を計量した上でそれをどこに売るか紐付けしなければならない。つまり一種の取引をするわけだ。
「エネルギープラットフォームは単に制御するだけではなく、物と物のやり取りを取引として記録し決済する機能があります。金融的な要素も入ってくるイメージですね」
それに対して「データプラットフォーム」は、扱うのが生活データなので、リアルタイム性は必要ないが、いろいろなジャンルのデータが載っているので、プライバシーを守る必要がある。信頼性が必要だという点は両プラットフォームに共通だ。
プラットフォームの意義
プラットフォームは電力会社にとってどのような意義があるのだろうか。そして、なにより、私たちはどんな利便性を享受できるのだろうか。伊藤氏から意外な言葉が飛び出した。
「大事なことはこのプラットフォームを中部電力グループ外のお客さまにも開放することです。電気自体はほかから買っていても、制御や決済の取引仲介は、我々のプラットフォームを使ってくださいということができる訳です」
つまり、電気を買う会社と、電気に関係するあらゆるサービスを買う会社は別々でもいい、ということだ。
「我々のプラットフォームにお客さまが繋がっていることが大事なのです。なぜなら、お客さんがたくさんいるほうが仲介は有利だからです。電気を売り買いしたいとか、電力制御を誰かにしてもらいたいとか、そういうお客さまがいた時、このプラットフォームに接続するといろいろ選択肢が増えるほうがいいわけです」
いままで当たり前のように自分の住んでいる地域の電力会社から電気を買っていた時代はすでに終わっている。電力小売りの自由化に伴い、電力会社を変えた人もいるだろう。これからは、もっと多様なサービスを私たちは享受できるようになるという。具体的にどのようなサービスが生まれるのだろう。
カギは「スマートメーター」だ。実は私たちの家庭の電力計の多くはすでに従来型のアナログ式からデジタル式の「スマートメーター」に置き換わっている。スマートメーターは30分単位で電気の使用量を計測することができ、また通信機能を持っているので遠隔でデータを取得することが可能なのだ。
でも電気の消費量がわかるとそれがどんなサービスにつながるのだろう?
「実は、電気の使用量のデータの蓄積を分析すると、いろんなことが見えてきます。例えば、その人は少し老化が始まっていませんかなどということがわかったりします」
確かに私たちは、朝起きたらまずポットでお湯を沸かすとか、夜になったら灯りをつけ炊飯器のスイッチを入れるとか、ルーティーンを繰り返している。電気の消費はそうした日常を映し出す。
「他にも防犯に使うとか、ヘルスケア的なデータと組み合わせることで見守りをサポートする仕組みができたりします。それらが一つのパッケージにまとまるとビジネスに育っていくのではないかと思っています」
コロナ禍により在宅が多くなっている現代人はどうしても運動不足になりがちだ。特に高齢者は健常な状態から要介護の中間、いわゆる「フレイル」の段階に陥りやすい。新たなサービスで私たちの健康寿命が延びることは、医療や介護にかかる費用の削減になるし、なにより、はつらつとした生活を皆が過ごせることにつながる。
さまざまなサービスを提供できるプラットフォームができれば、私たちの生活の利便性も向上しそうだ。
伊藤氏はまずこうしたプラットフォームを作る事が大事だと強調する。
「色んな機能を実現できるように、まずはプラットフォームを作り上げることが大事で、作る以上は日本全国どこでも使えるようにしたい。まずは中部地区でプラットフォームを築き、それを広げていくアプローチを考えています」
また他社のプラットフォームとの連携も考えているという。
「ある程度の大きさのプラットフォームができたら、スペックを合わせてよそと提携していくという手段もあります。例えば、東京証券取引所とニューヨーク証券市場と連携して振替もできるというようなイメージです」
©エネフロ編集部
DX推進人財
話を聞いているとわくわくしてくる。一方で、これまで電力会社が培ってきたノウハウとは全く別のものが必要になってくるのではないだろうか?そんな疑問が湧いてくる。直球で聞いてみた。
「DX人財といってもいろいろあります。データをしっかり分析して付加価値に変えていくのが『DX推進人財』というプロフェッショナルな人達。真ん中の層は、DXを実際に社内で使いながら業務に活かしていく実務部隊の『DXキーパーソン』。そして一般の従業員となっています。求められるものは違いますが、それぞれレベルアップしていってほしいですね」
600人超というのは「DX推進人財」と「DXキーパーソン」を足した数だそうだ。
出典)中部電力「中部電力グループにおけるDXの取り組み」2021年12月6日
すでに中部電力は去年、アクセンチュアとデジタル変革に向けたデータアナリティクス事業をおこなう、株式会社TSUNAGU Community Analytics(ツナグ・コミュニティ・アナリティクス:略称TCA)を立ち上げている。
来年度から、そのTCAで中部電力の社員がインターンシップ実習をおこなう。現場の課題解決や、データ分析モデルの取得、コンサルタント能力の向上などを目指している。
「インターンシップをしながらデータ分析の手法を学び取って業務に活かしていく。どういうサービスを生み出していくのか、領域ごとに考えていかねばなりません」
もはや従来の電力会社のイメージはそこにはない。ユーザーのライフステージに合ったサービスを創出していく新しい企業に生まれ変わろうとしている。
その背景には、強い危機感がある。
「電気を『量り売り』するだけでお金を貰える世界はもう終わりなのです。調達して売るだけの仕事になるとほとんど付加価値はない。いわゆる土管化していくとどんどん競争が激しくなり、利益率が落ちてジリ貧になってしまう。だから別の付加価値をつけてお客さまに販売していく。そうしないと、電力を作って販売するビジネスモデルはもう立ち行かなくなります」
もう一度、図2に戻ろう。
横軸は「事業領域の拡大」、縦軸は「ビジネスモデルの変革」になっている。
「新たな領域にビジネスを展開していき、それを上、あるいは横に繋ぐのがDXなのです。基盤領域が厚くなればなるほどいろいろなDXの可能性が生まれると思っています」
新たに生まれたサービスが個別最適でなく、お互いに連携し合い、よりよい、より高度なサービスへと進化していく。そのためには、データの収集・分析が必要になってくる。そうしたサイクルが効率よく回っていくのが理想的だ。
身近なDX
概念としてDXの意義はわかったが、それをやるのは人だ。普段私たちがおこなっている個別の仕事にDXを落とし込んでいかねばならない。そう簡単なことではないだろう。
「業務の変革に関わる人はものすごくいっぱいいます。そういう方々1人1人の仕事のやり方を、DX化してほしいのです」
伊藤氏は、普段のワードやエクセルといったソフトを使う日常業務を例に挙げた。
「DXというのは、普段やっている文書・表の作成といった仕事も含めて、どう生産性を上げていくかという問題も含んでいるのです」
時間を取る社内の報告会なども、チャットなどのデジタルツールを駆使することで減らすことができるとも述べた。
「今うちの部署の人間が、仕事のやり方のモデルケースをマニュアル化して布教活動をやっています。仕事のやり方を一人一人変えてもらうにはインフルエンサーが必要で、現場で『こういうツールがあるといいよね』という声をキャッチしたら、すぐにそういう環境を整えていくのが我々の役割です。DXなんて絵を描いただけでは全く意味がない。使ってなんぼの話なので」
上に立つ人がDXに腰が引けていたら下も動かない。DXの壁は実は私たち一人一人の心の中にあるのかもしれない。その壁を壊したとき、初めてDXが意味を持つのではないだろうか。
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- 編集長展望
- エネルギーにかかわる身近な話題を分かり易く解説。これであなたもエネルギー物知り博士!