- まとめ
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- 「第6次エネルギー基本計画」素案が発表された。
- トップダウンの目標設定で、実現可能性が厳しいものに。
- 再エネ比率目標の引き上げ・電力料金の上昇により、家庭・産業に打撃。
「第6次エネルギー基本計画」の素案が、経済産業省より発表された(2021年7月21日「第6次エネルギー基本計画(素案)」、8月4日「エネルギー基本計画(素案②)」)。エネルギー基本計画については、以前、「バイデン気候サミットのインパクト」(2021年6月22日掲載)と題する記事でも触れた。
「エネルギー基本計画」は、日本のエネルギー政策の中長期的な計画を定める重要なもので、ほぼ3年ごとに見直される。2021年は、その見直しの年にあたる。
菅義偉首相による昨年10月の「2050年カーボンニュートラル」宣言に続く、今年4月の気候サミットでの温室効果ガス「(2013年度比)2030年の46%削減、さらに50%の高みを」との発言は、バイデン米大統領がリードした気候サミットでなされたものだ。
出典)首相官邸
国際的な脱炭素の潮流に乗り、新しい「エネルギー基本計画」は難しい選択を迫られていた。
「エネルギー基本計画」とは
「エネルギー基本計画」の正式な名称は「エネルギーの需給に関する基本的な計画」。2002年に施行された「エネルギー政策基本法」により作成を定められている。政府はこの法律に基づき、「エネルギーの需給に関する施策の長期的、総合的かつ計画的な推進を図るため」基本計画を作成する。上述したように、少なくとも3年ごとに見直しをおこなうことになっており、今年がその年に当たった。
3年前、2018年策定の「第5次エネルギー基本計画」では、2030年「エネルギーミックス」の実現と、2050年「エネルギー転換・脱炭素化」という目標を示した。
温室効果ガスの削減目標として、2013年度比で2030年までに26%、2050年までに80%、という数字を掲げた。この目標を実現するため、「徹底した省エネルギー、再生可能エネルギーの最大限の導入、火力発電の高効率化、原子力発電依存度の可能な限りの低減」といった方針を定めている。
「第6次エネルギー基本計画(素案)」
今回示された「第6次エネルギー基本計画(素案)」(以下、「素案」)は、先に述べた、気候サミットにおける菅首相の発言を反映したものになっている。
注目を集めたのは、電源構成に占める再生可能エネルギーの比率(約36~38%程度)だ。現行の計画(22~24%程度)から大幅に引き上げられた。一方、原子力は据え置き(約20~22%程度)となり、LNG・石炭・石油など化石燃料は現行の「56%程度」から「約41%程度」に引き下げられた。
東京大学公共政策大学院特任教授であり、かつて国連気候変動枠組条約の首席交渉官の一人として温暖化交渉に参画していた有馬純氏は、「エネルギーミックスの裏付けを持たない46%目標が先に決定されてしまった」ことで、「数字合わせ」が強いられることになったと指摘した。
出典)エネフロ編集部
実は日本の温暖化目標は、実現性を重視したボトムアップの目標と、数字ありきのトップダウンの目標とが交互に現れている。有馬氏は以下のように振り返る。
『京都議定書の際は、90年比6%目標を米国のゴア副大統領(当時)に約束し、1兆円もの海外クレジット購入を招いた。その反省から、2009年6月の麻生政権下では、日本の削減ポテンシャルや諸外国との削減コスト比較を綿密におこない、2020年までに2005年比15%減(90年比8%減)との目標を打ち出した。
しかし2009年9月、鳩山内閣はこうしたプロセスを経ず、2020年に90年比25%減との目標を対外公約した。このため第3次エネルギー基本計画では原発比率を50%に引き上げるというエネルギーミックスを作らざるを得なかった。
次に自民党政権下で策定された第4次エネルギー基本計画は、トップダウンではなく、「自給率の震災前レベルへの回復」、「電力コストの引き下げ」、「諸外国に遜色ない(温室効果ガスの)削減目標」という3つの要請をバランスさせるエネルギーミックスを作った』
こうして過去の経緯を見てみると、今回の第6次エネルギー基本計画の46%目標は、現行26%目標がまだ達成されていないにもかかわらず、20ポイントも上乗せしている。しかも、2030年まであと9年しかない。
素案の問題点
有馬氏が指摘する「素案」の問題点は以下のとおりだ。具体的に見ていこう。
1.電力コスト上昇の懸念
「素案」は電力コストについて、「コストが低下した再生可能エネルギーの導入が拡大し、燃料費の基となるIEA(国際エネルギー機関)の見通しどおりに化石燃料の価格低下が実現すれば、前回想定した電力コスト(9.2~9.5兆円)を下回る約8.6~8.8兆円程度の水準」としている。有馬氏はこの見通しについて次のように論評している。
・「コストが低下した再生可能エネルギー」との前提への疑問
「日本の再生可能エネルギーのコストの高さは自然条件、土地コスト、人件費などによる構造的なものであり、政府が想定するような国際価格への収斂が起きるとは想定しにくい」。「変動再エネの拡大による統合コスト」が考慮されていない。
・「化石燃料の価格低下が実現すれば」との前提への疑問
「世界銀行やEIA(米国エネルギー情報局)は化石燃料価格の上昇を見込んでいるし、今後、アジアで石炭から天然ガスへのシフトが起きればLNGの調達コストがあがる可能性は十分ある」
・「前回想定した電力コスト」を比較対象とすることへの疑問
「前回想定した電力コスト」は化石燃料価格が高騰していた時代の目標であり、現在とは状況が異なる。
有馬氏は、「電力コストは現在よりも増大することは確実」とし、「主要国中最も高い産業用電力料金を更に引き上げることになり、日本の製造業に深刻な影響を与える」との懸念を示している。
経団連は、「増大するFIT賦課金(注1)は、国際的に割高な水準にあるわが国の産業用電気料金水準をさらに押し上げており、産業競争力の確保策が極めて大きな課題」と指摘する。資源エネルギー庁の「素案」では約5.8〜6兆円まで跳ね上がる可能性がある。
日本商工会議所は、「日本のエネルギーコストはすでに高い水準にあるということを踏まえ、企業や家庭にさらなる負担を強いる炭素税の導入など、規制的手法による脱炭素の推進には強く反対します」との文言を含む意見陳述をおこなっている。
2.原子力新増設などの議論が回避されたこと
「素案」は原子力について、「安全性を大前提に、必要な規模を持続的に活用していく」とはしつつも、事前に与党内で議論されていた「新増設・リプレース」については言及されなかった。
有馬氏は、少なくとも「脱炭素化への打ち手の一つとして」、原子力の新増設・リプレースに言及できなかったことは不合理だとした。
また有馬氏は、脱炭素化に向けた原子力の活用について、国際的な潮流を踏まえて言及している。曰く、ドイツのように脱原子力を志向する国はあれ、米バイデン政権やEUは、原子力の活用に前向きな姿勢だ。日本は、国土の特質から「欧米に比して経済的に利用可能な再エネ資源に限界がある」。「中国の脅威が高まる中で、一次エネルギーの輸入依存度のみならず、エネルギー技術の自給率や戦略鉱物の対外依存度にも目を配らねばならない」状況において、「日本が営々として培ってきた国産原子力技術にチャンスを与えない」ことに疑問を呈す。
有馬氏の提言
こうした懸念に対する方策として、有馬氏は次の3点を提言している。
・2030年に向け、最も費用対効果の高い温室効果ガス削減策である原子力発電所の再稼働を加速させること。
・2030年まで、さらには2030年以降もカーボンニュートラルに向かう道のりにおいて日本と米国、EU、中国などの主要貿易パートナーのエネルギーコスト、温暖化対策コストを定期的に比較・レビューし、日本のコストがバランスを失して上昇した場合、目標水準や達成方法の見直しを含むフレキシビリティを確保しておくこと。
・温暖化対策コストが上昇する中で産業部門と家庭部門の負担分担を真剣に考えること。(一例としてドイツでは産業競争力、雇用防衛のため、産業部門はさまざまな減免措置を受けており、その分を家庭部門が余分に負担をしている)
「エネルギー基本計画」は、10月までに閣議決定が予定されている。わたしたちは家庭の電気料金ばかりでなく、日本の産業競争力にも影響を与える「エネルギー基本計画」について、もっと目を向けてもいいのではないだろうか。さまざまな議論が今後もなされるだろう。エネフロはこれからも読者の皆さまと一緒にこの問題を考えていきたい。
- 電力会社は、再生可能エネルギーの「固定価格買取制度」によって、再生可能エネルギーで発電した電気を一定価格・一定期間買い取ることと定められている。FIT賦課金は、その費用の一部を国民からの徴収で賄う仕組み。月々の電力料金に上乗せされる。
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